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北の丸公園の芝生

じゃがりこを鼻に指していたら 思い煩げな女性が前方を通り過ぎていった じゃがりこはハトにやり GHQ本部に捜索を指示した




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桜田門下 ホイールディスクカバーの調子





この一本桜、西日によって門の中は暗く、向こうは明るく光る。
植えた人も門をフレームとして意識したんだろうか。



ディスクカバーは黒いゴムを周囲にかぶせて、それをリムに押し当ててバタバタ音を抑えている。
リム高のあるホイールなら押さえやすいが、BSMのARAYA製は普通のママチャリと同じ形状だ。リム幅に合わせて当てるポイントが狭くて厳しい。大きければリムからはみ出すし、小さければ中に落ちてしまう。
内堀通りから日比谷通りにかけては、道幅があるようで自転車が走る幅はそんなにない。ダンプに後ろから勢いよく抜かれたりすると、ディスクカバーが受ける風圧でまるでハンドルが吸い込まれるように切られる。しっかり握っていないと恐かった。

ちなみに、これで走っていて視線を感じるのは幼稚園以下のちびっ子ばかりである。




秋ヶ瀬公園

左の写真、頭が写ってないヲ
右のが15秒後
LX3インテリジェント念写モード心霊写真キター
やばい、本ばっかり読み杉
首の部分の原寸大画像。
どーみても、フレームからはみ出しただけではなさそう。
「影くっきりだなー走りながら撮れるかなー」とか思ってた脳を量子的なゆらぎによって突き抜け、その先の雑草で跳ね返った光子がLX3のCCDまでたどり着いたのだ。
まさにシュレーディンガーのコヒーレントな子猫がflyby meである。ちがうちがう。






風が強くて自転車もへばる






このブログのヘッダ画像と同じ場所の冬景色












びびる大木



カメラを足元に置くと目を細めて太陽を見つめていた。
大丈夫お前はちゃんと頭が写っていたから明日がある。











よくみる撮り方に挑戦
後ろのお父さんのミニベロにチャイルドシートすごい






たこあげ
ちょっとトリムしすぎたか





そして最後に富士山!

でかい
やばい
ぞくっときた

空気が澄んでる正月限定かな






LX3光入れ

エンジンの場合だと「火入れ」といったりするが、カメラの初撮影だと「光入れ」か。
まだ機能がよく分からないので、夜景モードで撮って回った。


200812131931.jpg
先日携帯で撮った場所からリベンジ。
はるかにきれいだ。ただ全体にザラついているので撮影方法が夜景モードだけではだめなのだろう。
チェーンリングとフロントリムは磨いただけに光っているが、
実物はこんなに存在感があるわけではない。

新生銀行。
同じくざらついているが、
骨組みの質感は肉眼どおり。
200812132223.jpg





tokyoTowerFootPoint.jpg
東京タワーの足に後頭部をつけて撮影。
カメラのモニター見た時はいいのが撮れたと思ったが、
あれもこれも枠に入れようとがんばりました感がちょっとがっかり。

tokyoTowerTrussGirl.jpg
両手で頭を抱える女性の後ろ姿、タワーと同じトラス構造。
のつもりにしては女性が小さすぎた。
植木にカメラ乗せて変な撮影の格好だったが、ものすごい人だかりでしかもみんなカメラ手に持っているので、誰も気にとめない。

tokyoTowerTrussKikg.jpg




やっと捉まえたトラスの鬼っぷり、余は満足ぢゃ。








koukyoKikyoBoriNifht.jpg
桔梗濠から。
夜景モードでは肉眼で見た通りの暗さで、黒がつぶれてしまった。
絞り優先AEモードで撮ってみると、

koukyoKikyoBoriNifht2.jpg
真昼みたいだ!
肉眼で見えないものまで見えているぞ。
マニュアルモードでいい塩梅にするには腕がいりそうだ。






野生に返る四つん這い姿勢、桜田門内の変

 帰社の帰り道、桜田門内。

ハンドルとサドルつまり前後輪の荷重配分でちょうど人馬一体感が増すあたりがあった。
といってもハンドルにはほとんど体重は乗せない。
ひじは閉じたまま80度くらい曲げて上体を寝かせブラケットを横から挟んでつかむ。
だいたい20km以上で走っていれば上体を寝かした分重心が下がってより車体を倒せる。
車体が寝てハンドルがそっちに切れようとする作用を手は調整する程度だ。
大きな石を踏んだり予想外の段差があったりしても姿勢を維持すればバランスが崩れない。
スキーで覚えた体重を乗せてターンする感覚と近い。
心臓のドキドキと呼吸のハアハアのリズムに合わせてなめらかな回転を意識して足を回す。

夜の皇居は余計なものが目に入らない。
広い歩道をランニングの人達を驚かさないようにひらりひらりと抜かしていく。
自分が自転車の一部になった感覚がしてくる。
何も考えなくなる。
足を止めてペダルを水平にして足とサドル半々ぐらいで体重を支える。
空っぽ頭に尻と両手から路面の状況が振動で伝わってくる。
グリスを盛りゴリゴリを抑えて組みなおしたハブの様子が思い浮かんで愛着が増す。
もっと転がれもっと転がれ。と念じて風を切る。たまらない。


などと、読点なしで書いてみるテスト。



堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世

081107-144813.jpg
横浜の「港の見える丘公園」にある神奈川近代文学館で開催中の「堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世。」へ、15号線をひたすら南下すること約2時間半。

今は『ミシェル 城館の人』を読んでいるところだが、
hottayoshie.jpg
堀田善衞さんはなんとも親近感の湧く顔をされている。




syowatenno.jpg
展示物に、昭和天皇が東京大空襲で焼け野原になった街を自身の足で歩いて見て回っている写真があった。戦局が傾いても軍部がほとんど実際の情報を報告せず、敗戦後、それでもGHQのマッカーサーの執務室まで出向いて「すべての責任は私にあります」と言われた人の、一面の廃墟をみて歩く昭和天皇の表情が印象に残った。国民はみな土下座していたそうで、堀田善衞さんは東京大空襲の体験者としてそれをみて衝撃を受けたそうだ。たしかに、天皇も天皇だが、国民も国民で、そういう文化の近現代国家は他にないのではないだろうか。侵略的な戦争をやったことはやったこととして別としてもらえるとすれば、僕は日本のそういうところが嫌いではない。

作家としての堀田善衞さんは以後反戦的な思想を持つのだが、いわゆる左翼としてでなく、ニュートラルな視点から物事の本質を見出そうと、人々が混乱、衝突する時代の社会と人物をテーマに作品を作られているようだ。鴨長明もその一人で、鴨長明といえば、

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。」で始まる方丈記。
学校の教科書で初めて目にしたが、冒頭句でいきなり満腹になるこんなセリフは一度読んだら忘れられないものだった。

その鴨長明と同時代の藤原定家を主人公にして、ジブリの宮崎監督と鈴木プロデューサーが映画化しようとした?作品が今回のメインである。ストーリー展開順に大量のカラーのスケッチが展示されている。なんでボツになったか知らないのだが、ストーリーの説明文と一緒に結末までじっくり眺めていけば、十分練られた幻のジブリ作品をもう一つみれることうけあいだ。

結末の内容はちょっと子供に受け入れられるのは難しいかもしれないが、僕はそれを見てもう一度最初の場所に戻って見直した。ぽにょはまだ見てないが、ぜひこっちを作品化してもらいたいものだと思う。『紅の豚』を宮崎監督は「僕の趣味でやったわがまま作品」といっていたが、どうしてどうして、北野武監督のことを思えば、「定家と長明」くらいはいいじゃないかと思ってしまう。僕は宮崎監督の大人向けの結末の作品を映画館で観たい。


あとは横浜の街をブラブラ。ルネサンス期のパリもすごかったんだろうけど、ミシェルがもし現代の横浜に住んでいたらきっと365日デートだな。
081107-160200.jpg 自転車は建物の横に地球ロックできた。
081107-160616.jpg いい公園だ。
081107-144338.jpg いい自転車だ。
081107-162652.jpg 腹ごしらえ。
081107-170755.jpg 異国かのような元町商店街。MGのTが店の戸口に置いてあって、ダッシュボードを覗き込んでいたら店員の人がこっちを見ていた。
それからほぼ異国の中華街とカップルばっかりの山下公園をブラブラして日が暮れたら、日本丸のライトアップがきれいだった。
「白いカノジョ(自転車)がいるじゃないですか」と昨日職場の人に言われてしまったが、自転車は自転車、これはデートではありません!(キッパリ)

帰り道に売り切れた足でふんばって黒いポルシェを抜かしたら、2回抜かれるたびにじろじろ見られた。


『超人類へ!』@彩湖





荒川沿いの彩湖の水際、いつのまにかこんなテラスができていた。高さが水面とほぼ同じでおしゃれだ。ただ、水道水用の池なのだが、水はきたなくて藻が生い茂っている。
写真の奥ではカモの数十羽がずらりと並んで日向ぼっこしていて、通りかかった僕を警戒し始めた。鳥の目は横向きについているので、よく見ようとすると当然横向きの顔。シフトチェンジしてペダルを重く、歩く速度よりも遅くして、無駄な動きを封じて殺気を消して横切る。1羽、5羽、10羽、警戒の鳴き声もない。リアハブフリーのちりちり音もなく、変態ゴム博士のラバーサスと高圧タイヤはタイルの上でも音を出さない。小さいタイヤのスポークのチカチカ反射も少ない。20羽、30羽。成功だ。モールトンのローインパクトの勝利!と思うと左側の土手で休んでいるローディがこっちをじろじろ見ていた。モールトン忍術は人間には通じない。

次は1羽のサギだ。10mくらいの距離にまで近づくと飛び上がってしまった。と思うとさらに10m先で戻ってきて止まる。悪いがこっちの進行方向も同じだ。殺気を消して進む。これが3回繰り返された。4回目、とうとうサギはイライラしたのか、グァグァわめきながら湖の方向に飛んで行った。こっちは追いかけ回したわけじゃないのに、知るかぼけ。



昔、ボルヘスという人がこんなことを考えた。もしアルファベット文字の全ての組み合わせを本にしていけば、人間の知性は過去と未来永劫全てにわたって、その図書館に収蔵されていることになる。誰がどんな本をこれから書こうとしたって、すでにその図書館には存在してしまっている。
Googleがやろうとしていることもこれと似ている。検索技術はナビゲーションのテクニックだから、収蔵さえしてしまえばどうとでもなるので、方法論は一貫している。インターネット上の全ての情報を集めろ、世界中の道路を360度のカメラで撮影して回れ、とにかく何でもわしづかみにして飲み込んでいけ。

前回読んだ『深海のYrr』に登場するゼラチン状の単細胞生物Yrrは、遺伝子を記憶に用い、細胞分裂によって種を維持しているため、太古の昔から記憶が途切れないという設定になっている。一方で人間は、死ねばそこで途切れる。人類はアインシュタインの脳そのものを継承することができない。大切な人が死ねば泣くよりほかないが、Yrrの場合は、永遠なる一つの母が存在して一つ一つの細胞には自己という概念もないのだ。そんなYrrと違って人間は、知性の伝達には個体という殻がどうしようもない断絶のもとになっているのである。

それを乗り越えようとする人間の願望は抑えることができない、というのがこの本。
少なくとも体を使って表現されているもの、音声、手や指の動きを行っているときの脳の動きをセンサーが読み取り、実際に指を動かしたりせずにその通りに機械を操作するのは現実になっている。シマノの新しい電動式STIレバーのブレーキ操作やシフトチェンジは「そう思う」だけで操作できるようになる。
ヨダレが口元を垂れればすぐタオルで拭いてもらえるのを当たり前だと思っている赤ちゃんのように、
人間が両足で地面を走るのに何の操作もせず、「思ったとおり、思うだけで」できるように、鳥が空を舞うのと同じようにして自転車で走れるのである。何てことだ!

さらに、機械の操作にとどまらず、もう少し高次な脳の働きだって可能である。トンデモナイ幸福感や性的興奮を電気信号を送って得られることも実験で確認されたとある。

話はここからだ。ナノワイヤーだかで接続されたそのインターフェースのもう一方を機械やコンピュータではなく人間に接続してしまうのである。恋人の感情を直に感じられてしまったら、いったいどんなセックスになってしまうのだろう。あるいはロボットアームがものすごいスピードでCPUの配線を組み上げていくように、学校の授業は変わってしまうかもしれない。
もちろん、それらのデータの挿入が意図したものでなければ、「なんだこれ」と前頭連合野で自覚して、接続を切ることはできるだろう。

しかし、これらの技術を使って人間がやろうと願うのは、個体の殻をつき破ることなのだ。
ボルヘスの大図書館であり、
Googleの理念であり、
知性のパンゲア大陸であり、
ユダヤ人のワンワールド思想のようなものなのである。

人間は、そんなYrrみたいになってしまうのかもしれないのである。

僕は、自転車を鳥の翼のようにしてくれるコンポをシマノが開発してくれればそれでいいけど。



ニコニコに若洲公園CR


ニコニコに若洲公園CRがアップ。

ここは車道のミニチュアみたいに道が細くて木もせまってくるので、ちょっとガリバーな感じになる。

ただ、レンタルサイクルもあって土日はファミリーが多く、子供がはしゃいで走ってるので飛ばせない。


ちなみにこのときイスを広げたのは5:12あたりの場所。




若洲でイス









こいつを買って(4kg)










自転車に積んで(わりと平気)









若洲公園で(ピターリ木陰ハケーン)













足を伸ばしたw





『カラマーゾフの兄弟4』@若洲ヘリポート

荒川河口に向かう。パレサイは10時ちょうどではまだ半分車が走っていた。コーンで仕切られた左側一車線以外はもう自転車道路になっているようだ。スパッと横切って右側に出る。広い道路の主役が自転車になったみたいな、なんかいい気分だ。
日比谷交差点を東に曲がり、銀座を抜けて晴海通りをまっすぐ走り、勝どき橋で隅田川を渡る。あれ、これお台場に行く道だったとここで気づいた。荒川は河口どころかもう海になってる。まあいいや、この前走った道をまた行こう。
さっきから信号待ちのタイミングが合っている、頭をグリーンとレッドに染め分けた黒いスペシャのクロスバイクのお兄さんがいる。こちらはゆっくり走っているので後ろにいたが、晴海大橋でアメトークに出てた自転車芸人のあのセリフを思い出した。
「フジテレビ行くときの晴海大橋のあの地上高く空を飛ぶような感じと、下り坂を飛ばすスピード感がたまらない」


スイッチオン。
記憶の彼方からよみがえってきた奥田民生のこの曲「股旅(ジョンと)」

踏め踏め踏めー細道~

橋のてっぺんで緑赤頭兄ちゃんをすっとばし、下ハン握って59km!
ほんまか。YPKのchoronometerのサイコンはよく電波混線するし。


お台場手前のレインボーブリッジ入口のところで信号待ちしていると、後ろから「すいません」と声が。
「それなんていう自転車なんすか?」
「これ?これはBSモールトン」
「へー、後ろ走っててもう全然追いつかなくて、それタイヤ小さいのに、はやいっすねー、これ友達に借りて二日目なんすけど、全然走らないんすよ」
どうやら、お台場の花火かの祭りのバイトで来るのに借りているらしい。スペシャの黒クロス、よく見ると全然メンテされてないようだ。
「タイヤは大きい方がやっぱり楽でよく走りますよ」「そうなんすかー」
なんか納得してないようだ。
「ウーン、シューズをペダルに固定してるのと、空気圧の高いタイヤが大きいかなあ」
黒クロスの前輪をつまんでみる。全然空気が入っていない。
「これもっと空気入れたほうがいいですよ。それだけでも全然違うと思うから」
「はー、いやー股間もすっげえ痛くて」(話聞いてるのか?)
「ははは、僕のは穴あきなんで、これいいですよ」
「え!、それ店でこうしてくれっていえばやってくれます?」
「いや、こういう種類のもういっぱい売ってますよ」
へー、とさっきから自転車をしげしげと見つめて、「ありがとうございました!」といって走って行った。

うーん、アメトークの自転車芸人が晴海大橋の話をして奥田民生の歌を思い出してそれでガシガシ踏んでたからだと、見ず知らずの人にいきなりそんなことは言えないしなあ。
キコキコ漕いでいると件の小説の一節を思い出す。
今から70年前、先進国から半歩遅れで近代化の道を歩んでいたロシア、人々はまだロシア正教、つまりキリスト教の枠組みの中で暮らしていたが、これから科学の進歩で神は死ぬのだというくだり。
p394
「だれもが、人はいずれ死ぬ身であって、復活はないことを知るので、死を、神のように誇り高く、平然と受け入れることになる。人間はその誇り高さゆえに、人生が瞬間であることになんら不満をこぼすことはないし、自分の兄弟を、もはやいっさいの報いなしで愛するようになる。愛が満たすことができるのは人生の刹那でしかないが、愛が刹那にすぎないという自覚ひとつで、その炎は、かつて死後の永遠の愛に対する期待の中で広がっていったのとおなじくらい、つよく燃え盛るのだ・・・」
復活というのはイエスキリストのそれで、死後の永遠の愛というのもそれにまつわるそれだ。永遠の愛はともかく、復活の事実については今はもうごくごく一部の信派でしか信じられていないと思う。
とはいえ、愛の刹那と永遠とのこの2重真理が現代人にとってすでに現実かといえば、とんでもない。

緑赤頭の若者よ、ぼくが言いたいのはこうだ。
「だれもがいずれ自転車を降りるのであって、自分の自転車が遅いことになんら不満をこぼすことはないのだ。君に必要なのは、もはやいっさいの報いなしで自転車を愛する(整備する)ことである。その愛(自転車整備)が刹那にすぎないという自覚ひとつで、その炎は、永遠につよく燃え盛るのだ!!」

別に燃え盛っていらんだろう。あの若者には。
でも速さときれいさを保つために乗るたびやっている整備は、刹那的な行為ではある。
女が一生に一度かのような真剣な目で毎朝毎朝尽きることなくメイクをくり返すように。

妄想もたくましく、前回写真を撮ったコンテナ埠頭。
ものの10分ほどでバカデカいタンカーが接岸されてしまうのが経済効率スゴす。神の御技でも愛の刹那でもなんでもない。









お台場を後にして、若洲のヘリポート横の一直線道。きれいに剪定された植木と、すぐ横に見下ろす海がずっと続く。これは気持ちいい。突端のベンチで一服して、若洲公園へ。

たち○ょんをして戻ったらBSMがかわいく見えたので親バカな一枚。









ヘリポートのベンチにもどる。今日は汗が出るほど暑くないし、海辺で蚊も襲ってこないので快適だ。本腰いれて読むこと4時間。ドストエフスキーの饒舌で感情的な登場人物たちも場が法廷となると、不思議と生き生きして見える。まるで誰もが有能な弁護士かのようだ。とくにイワン。この場では逆に言葉少なで、ギャップがちょっとかっこいいと思ってしまった。相変わらず読み進めるのは苦痛を伴う。海と波の音がまったく似合わん。

帰りに夢の島公園の前を通ると、なにやらよさげなズンドコ節が、疲れた脳と腹にひびいてくる。WORLD HAPPINESSという看板が。お、これが職場の人が行くと言っていたやつか。入ってみよう。当日券4500円。無理。というか、その人にもいくといってないからやめておこう。でも出演者をみると、興味ある人ばっかだなあ。BONNIE PINKは好きだったな。会場内の撮影はだめだろうけど、これは外だし、誰も見えてやしないので。






日暮れの孤独な葛西臨海公園

BSMを買って初めて遠出をしたのが4月29日。ネットで色々調べ、とりあえず荒川を走ってみようと決めて出た。社会人になって東京に来てからほとんど電車でしか移動したことがなかったから、自分の足で漕いで荒川に辿り着いて水面を見ただけで、中学生みたいにうれしくなった。
東京に来たといってもほとんど金を使うことはなく、勤務地という感覚しかなかったが、空がいっぱい見える開けた空間、漕ぐことに集中できる広い道、スイスイ進んで踏め踏めといってくるBSM。自転車はクルマやバイクと違い、その場所の地面に属している感覚がしてくる。
河口まで20kmという看板を見て、それが自転車でどれくらい先なのか見当もつかなかった。あと10km、あと5kmという看板。日が暮れるまでの時間や帰りの体力のことは考えないことにして、とにかく行ってみようと冒険気分になった。
ロードバイクの人を追いかけたり、少年サッカーを眺めたりしながら足が棒状態でたどり着いた海に面した公園。水平線を眺めて晴れ晴れしくなった。その時の写真。



今日はその場所にもう一度腰をおろして写真をとった。



比べてみると、自転車の知識もないところから3か月、ほとんど週末しか乗っていないのに、ほんとに夢中になっていたのが自分ではよくわかる。
バーハンドルは握る場所が一か所しかなく、振動も激しくてつらかったのでドロップにした。
チェーンリングは、オリジナルのモールトンには白くてかわいいガードなのだが、BSMの黒いのはどうしてもなじめなかった。46Tも小さすぎた。シルバーでポリッシュでフラクタルのように肉抜きされたのが欲しくて、TAアリゼの53Tを買ったが、いざ着けようとしてPCDなるものを知った。今はスギノの50Tだ。
サドルはTRKのExtraに落ち着いた。
シートポストは目いっぱい上げてもちょっと高さが足りず、太ももの筋肉ばかり疲労する感じも不満だったので、オフセットなしのシートポストを探した。THOMSONは細部の作りもデザインも超ナイス。
サドルもさらに一番前にセットしている。ステムも目いっぱいまで出した。

帰りに荒川を登っていると、日も落ちたのにやけに人が多いなと思っていたら、花火が上がりだした。8月第1土曜日は日本で一番花火大会のある日だそうだ。見えていたのは江戸川区花火大会だった。



荒川を外れて走り出したら、力士がデートしていて、横に並んで歩いているだけで歩道の幅を占めている。両国駅前で盆踊りをしていた。ちょうど最後の花火の見世物のところだった。


体も慣れてきて、葛西まで行って帰ってもほとんど疲れがない。一緒に走る女の子がいればいうことなしなんだが、こればかりはどうにもならない。




『カラマーゾフの兄弟 3』@北の丸公園


もはや大人買いの自己責任を取るために通勤電車の暇つぶしと化しているのだが、17時からBSMのデイバッグに『カラマーゾフの兄弟 3』を放り込んで皇居北の丸公園へ。日が傾いて人も少なく風が気持ちいい。涼しいものの、蚊も運んでくるので30分おきにセブンスター蚊取り線香に火をつけつつ、パチンと殺す。地面のアリがそそくさと撤去していく。自分の血がアリの巣に運ばれていくのもアヤシイ気分がする。

前を通り過ぎる観光客らしき白人グループが自転車をじろじろ見ていく。こっちはくわえタバコで対蚊戦中で、意味もなく喫煙者の肩身の狭い気分になる。そのスキをみて敵機は爆音とともに耳の穴に急降下ダイブをかましてくる。目を本に落とせばあーでもないこーでもないと嫉妬だの金だのの屁理屈をこねまわす登場人物たち。

あーもう。

ドSノエフスキー全部おまえのせいだ!


純正リアバッグとバウハウス・デッサウ展

先週上野に来た時にバウハウス展のポスターを見かけこれは行かねばと思っていた。というのも、15年前の頭でっかちな受験生のとき、試験で東京に来てJRのホームでバウハウス展のポスターを見て、駅のホームでそんな宣伝をする東京ってすげえなと思いつつ、大学が京都になって行けずじまいになっていた心のしこりを消化せねばという気持ちもあったため。おかげで当時の生パイプチェアが見れて、何だか実らなかった片思いにケリがついたか。今はニーチェアが欲しい。涼しくなったらニーチェアをBSMのリアキャリアに積んで公園に行きたいと思うが、70cm超で6kgというのは荷が重い。

BSMのオプションの布製リアバッグをつけてみた。カタログ写真からうかがえるおやじ臭漂うデザインではなかなか踏み切れないものがあった。しかも、写真のような深緑がよかったが、届いたのは黒。でも、それ以外はいい点ばかりだ。つくりはしっかりしているし、サイドポケットがすごく便利で、走りながらでも手を伸ばして出し入れができる。荷物もどっさり入り、出先の買い物でコンビニ袋をサドルにぶら下げてシャカシャカすることもないし、荷物の重心もサドルバッグより低い位置になって安定感もよし。今さらながらモールトン(変態小径)博士の理念に関心している次第。


adidas Cyclone@上野公園


adidasのシューズを買いにY's上野へ。ここは店員さんの姿勢もよくていい雰囲気。
El Moro > Minnret > Cyclone の欲しいもの順に足を入れてみる。展示品もうまくサイズをばらして陳列してあって、気配りを感じる。
El Moroは少し重い。靴ひもをマジックテープで止めるのはチェーンにひっかかる心配がなくていいのだが、履いた感じもゴツいイメージ。
Minnretは感触はいい。が、靴紐を通す穴がすべりやすく、きっちり縛るのに難があって致命的。
Cycloneは意外にもフィット感が一番で、軽さも好印象、細い紐でもきっちり縛れた。
こうなると問題は色。飾りのないシルエット勝負のデザインなので、黒は少し遠目にみるとヤボったい感じにしか見えない。しかし白は汚れが・・・沈黙で迷うこと5秒後、白に。念のため左にも足を入れて確認してくださいと、店員さんは非常に丁寧。

帰りに上野公園へ寄って、西郷隆盛像を拝む。30分ほど前のベンチで休憩していたが、途切れることなく人が訪れるのは、最後まで男を上げ続けた生き様に今でも慕う人が多いからか。今までみた公園の銅像では別格のようだ。薄暗い洞窟で自刀して果てようと、これまでもこれからも西郷隆盛の生きざまで心が熱くなる人は絶えないだろうと思う。薩摩のオラが主義的な文化は自分にはよくわからないし、大久保の故郷薩摩より国家を優先する姿勢もそればかりが正義だとは思はないが、不本意であれ、敗北と死が待っていることが分かっていてであれ、男を曲げずに通していく様は、物事はどうあるべきかという時にいつも思い出される。

自刀した西郷洞窟。もの悲しい。
シューズは買った帰りに一緒に撮っただけで意味はありません。西郷さん一緒に撮ってすみません。












『カラマーゾフの兄弟2』@荒川左岸




SWISS STOPのシューはブレーキレバーを握る力が7割くらいに減った。強く握った時の制動力も倍くらいあるかもしれない。カプレオのシューはフロント片側のトーイン角が強く固定されていたので面積の半分くらいしかリムに当たってなかったし、タイヤの回転数が大きい小径用だから固めのシューになっているのかもしれないが、それにしてもこの違いはウーン、なんなのだ。70kmほど走ってみて、Extraのサドルの具合もやはり良好だった。

荒川左岸は人も少なく、地平線を見ながら進む感じが右岸より好き。ただ、前ばかり見てカニ地雷を踏んでしまうと甲殻類の破裂音を聞かなければならない。川ガニは食べるとそこそこ旨いらしいが、こいつは子供だ。安全な背後を確保したつもりなのか、逃げようともせず、威嚇の姿勢もとらず、余裕の顔?でじーっとカメラを見ている。残念ながらその背後の壁はオレの靴であるが、余裕っぷりに免じて壁伝いに横歩きして立ち去るまで足は止めておいたので、カニ君にとっては壁のままである。

首都高から初めてみたときは、ラブホもここまでデカイのが現れたかと感想をいうと同乗者に笑われたディズニーホテル。葛西からみてもやっぱり大きい。顔を洗い、ソフトクリームを食べて、『カラマーゾフの兄弟2』。1冊目とは別の本かのようで、3ページも続くような意地汚いセリフもなく、文学的神学論が読ませられる。しかし、資本主義がせまりキリスト教の神の存在意義が変わっていく19世紀末、同じ毒舌作家ならマーク・トゥエインの旅行記のほうがずっと面白い。残りわずかの2巻を読み終えて、追い風にまかせて江北橋まで一気に上ったら足が売り切れた。サドルの先端に尻をひっかけて半スタンディングで残った筋肉を使う方法はこのサドルでも大丈夫なようだ。



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笹部 政宏
笹部 政宏
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