カンパ chorus リアブレーキ組付け

フロントブレーキ組付けの続き。

リアはフロントよりアームの長さがさらに足りず、削る量も多くなった。
ワッシャがアームからはみ出てるギリまで削ってもまだ少し足りない感じで、何かあれば追記する予定。

それから、リアブレーキはシングルピボットでデュアルピボットよりブレーキワイヤーの動く量が多い。BSMのワイヤーはサスに当たりつつフレーム内を通っているため、これがブレーキの動きの邪魔をして左アームがまったく動かなかった。

ブレーキ本体をボルトで固定するときに手前側一杯まで手で押さえながら固定すれば両側が均等に動くようになったが、これはワイヤーがサスのゴムと擦れる抵抗とを合わせてのバランスなので、経過観察が必要だ。






『卵の緒』瀬尾 まいこ

卵の緒 (新潮文庫)
『卵の緒』と『7's blood』の2作が収録されている。
テーマは題名からも騒動されるとおり、どちらも血のつながりについて。

一方は血のつながりがない親子のハッピーエンドで、もう一方は血のつながりのある腹違いの姉と弟の絆がテーマ。
これら2話を一冊に収めることに作者の意図を感じるが、実際どちらもいい話だった。



作者はあとがきで「私には父親がいない。女ばかりで育った」と書いている。
女性の作家が書く小説に出てくるのは女にだらしなく、いい加減な男が少なくないと思うが、
この本では少年からおじいさんまでそういう男は登場しない。
悪い男に人生を振り回される女、といういわばありがちなテーマに対して、
男がすでに死んでいるか単なる脇役であるのに女の人生が形成されていく様子は、男として読んでいても余計な気分に邪魔されない。

興味深いのは、女のケツを引っ掻きまわす男がいない中で血縁という重いテーマに取り組んでいるところだ。
会話のひとつひとつに配慮が行き渡っていて、人間関係も円滑なところは女性的な文章で、そんな平和な?空気の中で血が語られるギャップがいい。

最後に頼れるのは血のつながりだけとか、血縁なんて血液型占いと同じくらいの迷信だとかいうのは、
人生で壁にぶち当たった際の理由づけでしかない。

人が遺伝的に持っていて「血のつながり」として意味づけして語られるものと、
血のつながりがなくても大切なものとして一緒に暮らした時間で獲得できるものとは、
違う角度からみて言っているだけで、どちらも同じその人の資産である。

口にすれば反論されるのは容易に想像できるが、「理由付け」を人に押し付けるのは「理由付け」を必要とし、必要としないことを受け入れられない方である。
それは病人が腹が減ってないと言っても回復のために食べさせようとするのとは違う次元の話だ。

この本はその次元の物語。






カンパ chorus フロントブレーキ組付け



どの程度リーチが足りないか付けてみて確認。
シューがリムから2mmくらいはみ出ている。

シューがタイヤに当たらないうちはこのままでも使えそうだが、
ブレーキアーチにもまだ設計上のマージンが2mmほど見える。







ブレーキ本体やシューカセットの取り付け位置をオフセットさせるパーツもあるが、どうしても見た目がすっきりしなくなってしまうし、コストもかかる。

← 削った。

どこまでが強度計算のマージンかは想像で、危険な行為ではある。
アーチを伸ばす分、てこの原理で制動時に母体部にかかる応力は強くなるが、カセットを固定するボルト部分は先端をぐるりと使って固定できるので有利というところ。

タイヤとシューの間からリムが見えるほどになった。
BSMにショートリーチのブレーキを付けられない問題がこれだけでクリアできるならどうだろう。
ただ僕が自転車屋ならこんな加工はお客の自転車に施すことはできない、たった数mmの超えられない壁がある。


2/2追記
今日の通勤+寄り道の往復約20kmでグキグキ握ってたらフロントはさっそく当たりがついできた。

効きのシマノ、フィーリングのカンパというそうだが、
デュラエースのブレーキを知らないので何とも言えない。
握ったら握った分だけ効いていくカンパというのはこんなものかと思った。
というのも、BR-R450+swissstop緑シューと比べてとくに変わらないから。
とはいえ、カンパのブレーキレバーのスプリングはシマノのSTIより柔らかいそうだから、
レバーもカンパでないと本当のところは分からない。

一番のつっこみどころは、リアブレーキの効きの悪さだ。
両手で思い切り握るパニックブレーキではタイヤのロックを防いでいいのかもしれないが、
そんなのはブレーキング一万回に一回あるかないで、一万回のうち一万回はリアでもぎゅっと効いてほしい普通のブレーキングだ。
何を考えてこうしたのか知らないが、一万分の一級の小さな親切大きなお世話である。
バイクも含めた2輪車乗りの操作の楽しみの一つには前後のブレーキ配分もあるのに、
カンパの中の人は自転車乗りはブレーキレバーをやみ雲に握ると思っているらしい。
こんなにステキなデザインのものを作るのに、バカですかアホですか?





微速度撮影動画 Nature Time Lapse


KOJAKのタイヤを買いに行ったお店のブログあやし~さいくるより。
突然こんな動画を載せたり、ショップへのリンクをはってないところがかっこいいです。
お店の人も温かみのあるやさしそうな人でした。

HD動画です。全画面で最後まで観てしまいました。
カメラがパンしているようにみえますが、これは動画作成時に一枚一枚ずらした超力作加工でしょうか。実際にカメラを動かして撮影していたら、もっとすごいですが。
6:00あたりの再生速度の変化には、光を操る技を感じます。

何億年も前から繰り返される風景、何千何万の人が眺めたであろう光景、
そしてこれからも何千何万の人が眺め、何億年と繰り返されていく風景。

たった今こうして生きて、それに触れられるだけで十分なんだと思われます。
そんな作品を世界中でいつでも閲覧可能になっていることに改めて驚きます。

記憶というものはだんだん薄れていき、死んでしまえば無くなりますが、
その時抱いた思いはずっと残り、思い起こせばいつでも胸に蘇ってきます。

こういう空を眺めるといろんなことが思い出されてくるので、
空には思いが永遠に残っているような気にもなってきます。

人の印象というものがなかなか変わらないのはそうした思いが風化せずに残るからかもしれませんし、
あるいは、人生をかけて何かに取り組むことができるのも、そのおかげなのかもしれません。







『君のためなら千回でも』カーレド・ホッセイニ

君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫)君のためなら千回でも(下巻) (ハヤカワepi文庫)
11歳までアフガニスタンのカブールで生まれ育った作者のデビュー作。911事件後の2003年に刊行され、全世界で1000万部というから、おもしろくないわけがなかった。元題は「The Kite Runner」で、文庫版の邦題はやや釣り気味。

中身を強引にたとえるなら、ドラマ「北の国から」のアフガニスタン版といえるかもしれない。読者と同時代に生きる主人公が澄んだ目で自らを語りながらも、そのとおり生きれないナイーブな語り口の構図が似てはいる。
ただ舞台のスケールが違う。ソ連の侵攻、ムジャヒディン、タリバン、2001年のアメリカ空爆までで、さらに、今読めばオバマ大統領のアフガニスタン攻撃プランのことまで念頭にしてしまう。

アメリカが戦争をしかけるときのマスコミ報道をみていると、どうしても攻撃されている中東の方が親しみにくく感じてしまうが、たとえば「おしん」のようなドラマがどちらに受け入れられているかといえば断然中東の人々だ。日本人が大好きで捨てる気もないこうしたウェットなしがらみとからまる愛や友情、絆、裏切りといったテーマについては、日本人はアメリカ人よりも中東人に近い。

もちろん、作者も書いているようにアフガニスタン人は自分たちで自分たちの国を壊してしまうような民族になってしまってもいて、日本は島国であり、文明の十字路といわれるアフガニスタンのように他国にひっかきまわされることがないから、このあり様には一歩引いてしまう。

だがそれとて今の日本にとってひとごとではない。数十年という世代交代の単位でみれば、国というものが新陳代謝を忘れてパワーを失い、うらぶれた状態に落ちるには3,4世代ほどである。格差のせいで若者が家庭を持たなかったり、仕事に熱意を持てなかったり、時代にそぐわない会社役員のおそまつな舵取りだったり、あるいは社会の中で重要な職であるはずの教育者や記者や官僚のアホな事件。数十年前なら大騒ぎなりそうなことが、きりがないほどあふれている。

そうした出来事が積み重なっていき、人のメンタルが荒んでいった果てにはこういう状態が待ち受けているのだとおそれながら読むことが実際できてしまう。日本でタリバンやムジャヒディンのような集団が交代で街を壊して暴れ回るという想定はできないが、病原体が弱った体でこそ繁殖するように、その頃には、正義の代理人の顔をして儲けようとする武器商人と、正義の行使者の顔をして飛んでくるミサイルとが交代でやってきて、もう当人たちだけではどうしようもなくなってしまうのだ。

ドラマのおしんが向こう(といっても特にはイランだけどイランはシーア派ハザラ人が多くそれは登場人物ハッサンと同じだ)で大人気だったように、この本も日本人の機微に通じるウェットな文学テーマが満載。
オバマアメリカがまた砂漠のなんちゃら作戦とか言うのを聞く前に、この本で911以降のねじれた感覚をはっきり平衡状態に戻せるのはよい。





ContextMenu.jsのonContextMenu

contextmenujs.png
jQueryプラグインのContextMenu pluginの下のほうにある Example3 より。

ファイルかフォルダをフォーカスしてないときは右クリックしてもメニューを表示しないように変更。
フォーカスといってもIEのそれではなくtextRangeですが。








<div class="contextMenu" id="conMenuLftItms">
<ul>
<li id="deleteItm" >削除 (D)</li>
  :
  :
<li id="verbPropty" >プロパティ</li>
</ul>
</div>
  $('#rhtClkLftItmsAra').contextMenu('conMenuLftItms',{
onContextMenu: function(){return (selItmObj ? true : false)},
menuStyle: { width:'95px' },
itemStyle: { fontFamily:'MS UI Gothic',fontSize:'9pt',border:'none',padding:'0px'},
itemHoverStyle: { border:'none'},
bindings:{
'deleteItm' : function(t){ delItm()},
    :
    :
'verbPropty' : function(t){ invokeVerbs('properties')},
}
});
selItmObjはマウスオーバーでファイル/フォルダオブジェクトを代入し、マウスアウトで削除している変数です。




スタバ豆 カフェ ベロナ

アニバーサリーブレンドに匹敵する豆の黒光りでドスの利いた苦み。

チョコレートを食べ、溶け切る前にコーヒーを口に含めとある。
チョコの甘いのとコーヒーの苦いのがとっちらかって、眉がつり上がる。

こういう深煎りは豆の量を多くすると飲めたもんじゃなくなるが、これはチョコの助けもあってコーヒー基地外はエクスタシーを感じられるかもナー










三井住友ダイレクトにSleipnirスクリプトで自動ログイン

銀行サイトは何かと便利ですが、アカウントやパスワードをPCの前に持ってきて入力するのが面倒。
面倒だからと番号をそこらのテキストファイルにメモしておくのもセキュリティ上あぶない。
そこでSleipnirの自動ログインスクリプトです。

Program Files内はOSによってガードされているので、僕はこちらのほうが安心。
account1account2には契約番号、passwordはパスワードを設定します。
これを拡張子JSのファイルにしてSlepinirフォルダのscriptフォルダに置き、
Slepinirのオプション、全般の設定で「スクリプトによるクライアントの操作を許可する」のチェックボックスをオンにしてSlepinirを再起動すると、スクリプトメニューから選択して実行できます。

Sleipnirのサイトにも同様のものがありましたが、こんな感じにしています。
(function smbcDirectLogin(){
var pageURL ="https://direct.smbc.co.jp/aib/aibgsjsw5001.jsp";
var account1 ="";
var account2 ="";
var password ="";

var objSleip = new ActiveXObject('Sleipnir.API');
var wid = objSleip.NewWindow(pageURL, true);
for(var i=0,document; i<100; i++){
WSH.Sleep(100);
document = objSleip.GetDocumentObject(wid);
if(document != null) break;
}
for(var i=0; i<100; i++){
WSH.Sleep(100);
if(objSleip.IsBusy(wid) != true) break;
}
if(! document) objSleip.MessageBox(wid+"を作成できません");
else{
document.Login.USRID1.value = account1;
document.Login.USRID2.value = account2;
document.Login.PASSWORD.value = password;
document.Login['bLogon.y'].click();
document = null;
}}()
);
僕はもう長年これを使ってますが、使用は自己責任で願います。
サイトのデザインが変わるとメンテが必要ですが、
僕が使っている大体の銀行、クレジット、証券のサイトはこんな感じで使えてます。




ポンド超絶安で海外通販

campy-chorus-sbrake-med.jpg
miche-prim-cset-med.jpg
オバマ新大統領にご祝儀相場もなく、ポンドが史上最安値を更新だそうだ。
向こうの通販サイト、Wiggleの表示価格がハンパない。国内通販の安売り価格と比較してすら半額以下か。

今までガマンしてたが、
思わず昨日この二つを衝動でポチり。
梱包済みで出荷待ちとのメールが今日来た。

カンパコーラススケルトンのブレーキセット1万、
リーチ足りないの分かってるのにw

ミケのピストクランクなんか1万切ってた。
在庫数1表示で脊髄反射クリックw
歯数小さすぎるの分かってるのにw


安すぎ。アリエナイザービックル一気飲み。


英米経済が死亡でもしないかぎり、
こんなことはもうないんじゃないだろうか。














Parcelforce Worldwide - International and UK parcel delivery service
でみていると、Wiggle仕事早いなw
parcelforce_tracks.png

荷物が日本に着くと、EMS配達状況の確認 - 日本郵便でも状況が確認できる。
wigglepost.png
今朝早くに通関待ちになっていたが、日曜だし、さすがに当日には届かないようだ。早く来ーい!




来た!

想像以上にきれい!

課税等で700円を配達に来た郵便局の人に支払った。

目視で軽く合わせてみたところ、ブレーキアーチのリーチが足らないのは2mm弱ほどで、
これはほにゃららすればいけそう。

クランクはBB軸長が5mm程長いのが必要そうだ。四角軸で、すぐには手に入らなさそう。










ニッポン!ニッポン!ニッポン!




This is Japan! from Eric Testroete on Vimeo
flickr 「Collection: Japan」

LX3持ってBSモールトン乗って旅行きて!





『モーセと一神教』ジークムントフロイト

モーセと一神教 (ちくま学芸文庫)
ツタンカーメンの前の代のファラオ、アメンホテプ四世の頃にエジプトは一神教化されたことがあったそうだ。それを後押しし、側近として仕えていたエジプト人がモーセであり、これが人類史上初の一神教だったというフロイトの仮説である。
そのアメンホテプ四世が死んだ17年後、エジプトは元に戻り、モーセは居場所がなくなった。彼は別の方法でこの理想の実現を行おうとしたという。いわゆる出エジプトである。

古今東西のどんな神や聖人もそれを信仰する人々の暮らし向きとは無関係ではいられない。
よりよい暮らしができるならその民族が別の神を受け入れることは希ではない(p81)。
モーセがユダヤの民を選んだ以外は、だって・・・

歴史を辿れる最も古いエジプトからギリシャ、共和制から共和制の顔があった帝政期までのローマなどの古代文明は多神教である。それまで異なる信仰対象を持っていた人々が勢力内に組み入れられて共通の暮らしをするようになっていけば、これは当然ともいえる。

それら神々の中でも一番人気は、日本人の「オテントサマ」に近いものだと私は勝手に思う。
「オテントサマに怒られますよ」と子供を叱ったりするときのあれ。
一番人気だから生活に一番身近で、つまり世界中あんまり変わらないところの「おてんと様」である。

問題は、その社会で差別や疎外に合う、奴隷的な身分の人たち。
「おてんと様」が味方ですらないので、これはもうどうすることもできない。
母親はなんといって子どもを叱ればよいのだ?

モーセは言った。お前たちは選ばれた民であり、このエジプトを出て、ユダヤの地で十戒を守って暮らすのだと。
・魔術、妖術のたぐい、神仏像の作成はダメ(アンチエジプト的だ)
・死後の世界は無し(神とそれに類する人の永遠の存在)(アンチエジプト的だ)
など。

しかしその後、ユダヤ民族はモーセを殺してしまう。これはキリスト教の白人からユダヤ人が嫌われる理由の一つであるとフロイトも書いており、ユダヤ人である彼自身にとって父親殺しのエディプス・コンプレックスと無関係ではない。(p153あたり)
この本は中盤からフロイトの心理学の理論、心的外傷やセックス、エス(超自我)の話が続き、このあたりは走り読みする。
印象に残ったのはp124

おそらく人間はいつも幼年時代という魔術に支配されているのであって、この幼年時代は、人間にとって、決して公平無私とは言えない記憶によって不満なき至福の時代として映し出されている。

今現在も殺しあっている三兄弟。とくに抱きかかえられた血まみれの子供の写真が目につく。

宗教であろうがなかろうが、殺し合いであろうがなかろうが、
子供を巻き込んで諍い合う必要のあるものは例外なく愚かな考えである。

宗教がもとでそんな殺し合いをしている場所があるなら、平和と博愛精神を唱える宗教者はそれが本当ならガザに行っているべきだ。それが一神教同士のいさかいであっても。
その信仰が幼年時代の消し得ない記憶の合体としてあるとしても、一人の大人として選択している信仰者なら、ガザに行かないことに矛盾を感じてしまうのではないか?内なる信仰心とその外の現実世界との間に心理的なフェンスを感じるのではないか?それはまるでガザを取り囲む壁のようではないか。口だけなら私でも宗教者になれるし、口だけの金看板なら下ろしたほうがいい。

イラク戦争が終わるかと思ったらこれだ。だんご三兄弟が一時期流行したが、一神教三兄弟元気さは度が過ぎる。






Schwalbe KOJAK 17inch装着

足立区綾瀬のアヤセサイクルさんでSchwalbe KOJAK 17x1-1/4が再入荷されていたので早速買いに走った。
標準のARAYAリムでの場合、ステルビオとの違いは幅が2mm細くなり、高さは同じでIRCの1万のやつように径が小さくはならない。




白いラベル文字が大きいのとスリックとで見た目の迫力が増した。
さっそく近所を少し走ってみると、少し転がりがよくなったような。
標準のタイヤからステルビオに換えたときのようにいきなり感じる違いはなかったが、
スリックだし一皮むいてスピード出してみないとまだなんともいえないか。
ちなみに以前ポリッシュしたリムサイドは、swissstopのシュー使用でご覧のとおりギザギザ。

1/24 追記
一週間乗ってみた感想。転がりがよくなったような気がしたのは気のせい。
体重50kg、ステルビオとの比較で同じ空気圧ならアスファルトからの細かい振動吸収が体感可。
シルキーな感じでモルトンらしさ増加。空気圧6kgではママチャリかという振動のなさで8kgだとパンパン過ぎて変わらず。




尾崎裕哉 I LOVE YOU



久しぶりにYouTubeで目がうるんだ。

尾崎裕哉さんの歌声があまりにもあまりにでどよめきが起こっている。

1:40のとこで映された照れくさそうにはにかむ顔を、尾崎豊さんは見ることができただろうか。

僕には重なって見えた。



1/15 世代を超える死神参上により追記

著作権法上の権利が侵害されたとの申し立てにより削除って何だよ。

ニコ動ではまだ見れる。

もうダウンロードしたので個人で楽しみます。

てか、(株)アイソトープってこれ?アイソトープについて語るスレ - 尾崎豊板

このパーティ会場の様子では周りの人もみんな撮影しているし、あらかじめ録画録音禁止の契約があったとは思えないし。時代に逆行してる。

ネット上の扱いはフェアユースとか今まさに議論のまな板(デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会)にある。

歌う人やそれを聴く人の幸せと金との二者択一でお金を選んで削除させるよりも両立を考えれば?


1/17 追記
YouTube、著作権許可を得ていない楽曲を使用した動画の音声をオフに:ニュース - CNET Japan
YouTubeが釣りを始めたですか。
音声だけ消しても動画ファイルの容量はほとんど変わらない。
インフラコストをかけてでも無音声動画を視聴者が見られれば、
そのムラムライライラは削除アナウンスの文字列でがっかりの比ではない。
矛先が「利便を阻害するのは著作権益者かっ」ていくのをYouTubeは期待しているのか。






『オーデュボンの祈り』伊坂幸太郎

オーデュボンの祈り (新潮文庫)
きれいに書かれたプログラムを「エレガント」ということがあるが、その主観的な表現は他人がまねできないことを表現しているようで好きではないが、『死神の精度』のおばあさんの描かれ方はそうだった。
それでこのデビュー作を読んでみた。読んでいていろいろつっこみたくなるところは、心温もる終わり方でどうでもよくなった。

この小説の主人公は伊藤ではなく案山子(かかし)。しゃべる案山子。未来がみえる案山子。


アニメの一休さんでは、人の心をもちながら人としての人生を持てないてるてる坊主のお母さんの存在に子供ながらシュールさを感じていたが、母性というキャラクター設定でそういう面は包み込まれていた。

てるてる坊主のお母さんは一休さんの身に起きたことは全て知っていても自ら手を下すことはないが、この案山子は違う。人と対等に会話し、殺人事件の犯人が誰かを話し、ときには人と衝突しつつも最後には昇華していく物語だ。

「人が人を裁けると思うか」
「思う」これは、僕の本心だった。死刑や刑罰の問題が起きるたびに持ち出される、「人が人を裁いて良いのか」という主張が嫌いだった。何人殺しても死ななくても良い、という法律はすでに、法律じゃない。


僕としては、犯人が刑務所の中にいるのなら、1年後に死のうが40年後に死のうが大して変わらない。それは自分が被害者になってみないと分からないことだけれど、そう思う。

その代わり死刑に値するような犯罪の更正に要する刑期は三千年以上だ。いや、それだと屋久杉より早く死ねるから5千年以上だ。むしろ不老手術を受けてそれくらい自らの罪と向き合ってろと思う。自殺も逃亡、脱獄の一種である。こう思うほうがきっと残酷だし、自らの死をもって人を救うという権利は与えることすら腹が煮える。それはもっとも高みにあることだからだ。案山子の優午のように。

犯罪者が自殺するのとは話が違う?被害者のことが申し訳なくて自決するわけではないから?
それは第三者の目からみた姿であり、本当の姿は不可視である。
ある一人の人間のプロセスが終了してこの世から無くなることではどちらも同じであり、この世に生きる残りの者にとって、それ以外のことは不可視だからだ。





リアサスのボルトの緩み

サドルを持ち上げて後輪をタップさせるとカチャカチャ耳慣れない音がし始めた。
コーフーさんの強化ピボットボルトはがっちり締まっているし、見た目で緩んでそうなところもない。
もしやと思ってリアサスのボルト触ってみると、ワッシャがくるくる指で回るくらいになっていた。

まんぐり返してみてみれば、自転車の自重から開放されてサスが伸びたせいかワッシャのゆるみは確認できないものの、4/3回転位増し締めすると音は消えた。

ピボット部のガタのときはボルトとカラーがあたるこもったカタカタ音だが、こっちは写真でみえるワッシャから出る軽いカシャカシャ音なので違いはすぐに分かる。

こういった音を気にせずに乗り続ける人は趣味的な自転車だけにいないだろうが、いつかはボルトが脱落して事故るか、フレームが曲がって廃車する事なんかになりかねない箇所だ。

このワッシャ間のラバーのあまりの分厚さ、ちょっと設計が逃げている感がしないでもない。
いっそブレーキシューみたいにスライドでホゾの咬合せで固定するようにして、BBシェル部のピボットボルトも少し前方に移動させ、スイングアームの間の空間も使ってストローク量を確保すればオリジナルFモールトンみたいにメインチューブからスイングアームにかけてが直線でつながってデザインがよくなると素人発想。





HD突然死

昨日からエラーが頻発し始めて、結局DELLのツールで工場出荷状態に戻そうとしたものの、DLLが壊れてるとか赤いエラーポップアップの連発でOKボタンを100回以上はクリックして頭がプッツンしてビックカメラへ。バルク品の1TBで7000円くらい。

壊れたHDは2台目のスロットに移して繋いだままにしたが認識すらせず。いろんなデータが黄泉の彼方。しかしブラウザでブログを開けば、何事もなかったかのうように表示されるからエライ。

上位献金者にMSとGoogleがいるオバマは、景気刺激政策としてギガの常時接続回線を引いていくらしい。YouTubeで高画質動画見るのだって回線速度は数メガもあれば十分だが、一足飛びにギガでいこうとするのは、いわゆるクラウドコンピューティングに本気なのだろう。

今年は数十ギガ単位のSSDが本格普及だから、ダイヤルアップのチャルメラサウンドも今聞けば懐かしいが、HDのカリカリ音もそうなっていくのかと思うとちょっと切ないな。PCの行く末もさもありなん。






『ティファニーで朝食を』村上春樹訳

ティファニーで朝食を (新潮文庫)
やれやれ、ため息をつきながら家に帰り冷蔵庫からビールを出す。ドアをさびしげにノックする音が聞こえて、僕がドアに鍵をかけるころには彼女はもうベッドにあおむけになっていた。

なんて村上春樹だがこの本の語り手の男もそんな感じだ。
若くして時代の寵児になり、成熟した長編小説を仕上げ、その後ノンフィクション作家としても地位を確立という、作者のカポーティ。


ついでながら、疑いの余地なく翻訳者ハルキ自身の魂が重ねられており、シンプルに絞り込まれ、ジャズのようなリズム感を保ったまま読んでいけるハルキマジックの日本語そのままに、彼が「イノセント」と形容する主人公ホリーの、甘くて切ないセリフや人生を楽しむことができる。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
ハルキマジックの原点に触れるなら、彼が何度も何度も読み返したといい、人生で一冊だけ選ぶならこれ、という『グレート・ギャッツビー』はその血しぶきを浴びれるくらいそういった形容詞に浸ることができる。できた。ハルキを知るなら必読だ。











『モーターサイクル・ダイアリーズ』エルネスト・チェ・ゲバラ

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)
雇用問題ばかりだった正月の討論番組で竹中平蔵氏が、「同一労働同一賃金」の改革は財界の反対にあってできなかったんですよと言い訳していた。国の将来のために正直であるなら、彼はもっと派遣労働の規制緩和で強気で取引すべきだっただろうが、少なくともここまで社会問題になるとは当時も考えていなかったはずだ。正規社員の待遇が恵まれすぎ(のせいで社会全体の幸福や発展が損なわれている)と後だしジャンケンしていたが。
派遣問題はひとことでいって雇用調整だったのではないか。社員は家族だといってオイルショックでも一人も首にしなかったといわれる当時の松下電器のような会社はもうどこにもないが、まだまだ企業には正社員の待遇を守ることに人材流出を防ぐという利益がある。おそらくそれももう時間の問題だろう。なぜならその理由は、競争相手企業がみんなそうしているからという理由でしかないからである。今年から深まっていく不況の危機の中を、生き残っていく企業がそれとは別の戦略をとり始めるのなら、どの企業もそれにならっていくだろう。生き残るために。
それに上場企業の場合、正社員の人件コストは固定費なので決算がやばくなっても動かせないが、派遣や外注契約は変動費に計上されるので、赤黒の調整がきくというメリットがある。
トヨタが昨年11月に発表していた6000億の黒の中間決算が12月には1500億の年度赤に下方修正されたのは驚いたが、それでも大量派遣切りを問題にされるトヨタが、社員全員がニートになって家でぶらぶらしても5年は給料を出し続ける内部留保があるという話が本当なのなら、明らかに社会全体の利益をねじまげる異常なことだし、国際競争力を維持するためとはいえ、それを後押しした政策もやりすぎだった。
確かなのは、たとえ内需企業であっても政官財のトライアングルを利用して生き残ることはできなくなり、政策の修正を目ざとく取り込み、努力した人が報われるのだというアナウンスを上手く使って有能な人材を集めて業績を上げていく企業が生き残るという点である。

そもそも、「正規」だ「非正規」だと耳にタコができるぐらい目と耳にした正月のテレビとネットだったが、そんな言葉が流通しているのは日本だけだ。正しく翻訳できる外国語の単語だって存在しないという。一般的なのはフルタイムかパートタイムかだけで、その待遇の違いをめぐる議論を正規か非正規かという、まるで本物の従業員かまがいものの従業員かのような語弊のある単語で済ましている時点で生産的でない。なんだか、ゲバラの時代の階級闘争で革命的労働者とはって叫んでいた議論を、日本人が一般的に勤勉だからこそ維持している競争力のおかげで、その箱の中でままごとでやっているように聞こえてきてしまう。本当に今生死の境にいる人には申し訳けできないけど。日本人がヘルシーな環境で勤勉であり続けるためにはっていう話に、正規とか非正規っていう単語が日本人らしくないというか、そぐわない気がする。

単語はともかく、ゲバラが南米諸国の貧困に深刻な衝撃を受け、闘う相手としたのは資本主義とりわけ、貧しい人たちの利益をかすめ取っていくアメリカ資本と、根も葉もない共産主義の脅威をでっちあげて人の国を中からかきまわすCIAだ。(イラク戦争で大量破壊兵器をでっちあげていたCIAとなんら変わらない)そんな人生の転換点の一つとなったグァテマラ事件のことは『CIA秘録』にも、アメリカのおそまつのひとつとして載っていた。
キューバ革命後のゲバラは、国民の利益に背いて米ソ大国同士の競争論理にキューバが振り回されるのに愛想をつかして再び南米諸国のゲリラ戦争に加わっていくのだが、この正直さが竹中平蔵氏の後だしジャンケンとの違いである。

そんなゲバラが革命家になる前の普通にいい人柄の青年ぶりはなんだかネラーと重なる部分がある。今年はキューバの革命50周年記念でメディアでも取り上げられるだろうから蟹工船くらいには話題になるかもしれない。
モーターサイクル・ダイアリーとはいっても、旅の始めの方でバイクは廃車になってしまい、あとはヒッチハイクだ。密航で輸送船のメロンの倉庫に潜り込んで、メロンを盗み食いしたくだりが面白かった。

…がつがつとメロンを食べていた。僕らは親切な水兵たちのことを話題にしていたが、そのうちの一人の協力で船に乗り込み、こんなに安全な場所に隠れることができたのだ。そんなとき、腹立たしげな声が聞こえて、それからとても大きく見えた口ひげがどこからともなく現われて、僕らはびっくり仰天してしまった。完璧につるつるになったメロンの皮の長い列が、穏やかな海上を一列に並んで漂っていた。後になってから、水夫が言った。「おれがあいつの目をくらましてやることだってできたんだけどよ、兄さんたちよ、なんせメロンを見ちまって、すぐさま嗅ぎまわり始めたんでよ。あれじゃどこのどいつだって助からんよ。船長は酒癖が悪くってねえ」それから、(恥ずかしそうに)「兄さんたち、あんなにメロンを食わなくてもよかったんじゃねえの」といった。


ほかには、ペルーで牛を運ぶトラックに乗せてもらっていたとき。

おがくずの層でできた支えの基盤を失い、しかもトラックの揺れに耐えながら同じ姿勢でいるのにつかれてきた牛たちがしょっちゅう倒れてしまうので、ほかの牛に踏みつけられて死んでしまわないように、何が何でもそれを引っ張り起こさねばならなかったからだ。
あるときアルベルトが、一頭の牛の角が他の牛の目を傷つけていることに気づいて、ちょうどそのときそちら側にいたインディオの子供に知らせた。この民族の精神の全てを込めて肩をすくめながら、子どもは言った。「これからどんな見るものがあるってんだい」。そして落ち着き払って、紐を結び続けた。それは中断された時に専念していた仕事だった。

インディオの民度の低さではなくて、子どもにこう言わせてしまう貧困のことをゲバラはいっている。こんなことを体験しながら南米を縦断していけば、そりゃ、石油や鉱物といった天然資源を採掘していくアメリカ資本と、その資本を使って(まだ理想が見えていた頃の)社会主義の邪魔ばかりするCIAが憎らしくもなってくる。

1/8 追記:
池田信夫氏のblogエントリ格差の正体でOECDの報告書の日本語版が紹介されている。当然のように「正規」「非正規」という日本的雇用語で翻訳されているが、08/12/18に掲載されている英語の報告では以下ように説明されている。
Japan could do more to help young people find stable jobs

Young people in Japan are finding it increasingly hard to get permanent jobs and the Japanese authorities should expand vocational training schemes and increase social security coverage for young non-regular workers in order to help them.

本文(赤字筆者)

In 2007, around one in three young workers aged 15-24, excluding students, were in so-called non-regular work, such as temporary or part-time jobs. These jobs provide low income and social insurance coverage and little potential for people to develop their skills and careers. It is also difficult to move from temporary into permanent work, leaving many young people trapped in precarious jobs.

To help young people in temporary or part-time jobs, known as freeters

non-regular workという単語だけでは日本の非正規雇用の状況の説明にはならない。





右クリックメニュー追加とライブサーチ選択の設定追加

filterrhtClickMenu.png
ver2.02。

ファイル名フィルタとファイル内文字列フィルタのテキストボックス2つ、
マウスでも操作できるように右クリックメニューを追加。



090102mirIni.png
遅いマシンでは文字入力ごとの画面更新がストレスなので、エンターキー押下までフィルタしない設定を追加。

iniファイルはCtrl+F1で開いてください。





←[livSch]の値を0に変更する。デフォルトは1。

あとフォルダはフィルタしないようにも変更。


jQuery.uiも1.6rc4にしといた。






秋ヶ瀬公園

左の写真、頭が写ってないヲ
右のが15秒後
LX3インテリジェント念写モード心霊写真キター
やばい、本ばっかり読み杉
首の部分の原寸大画像。
どーみても、フレームからはみ出しただけではなさそう。
「影くっきりだなー走りながら撮れるかなー」とか思ってた脳を量子的なゆらぎによって突き抜け、その先の雑草で跳ね返った光子がLX3のCCDまでたどり着いたのだ。
まさにシュレーディンガーのコヒーレントな子猫がflyby meである。ちがうちがう。






風が強くて自転車もへばる






このブログのヘッダ画像と同じ場所の冬景色












びびる大木



カメラを足元に置くと目を細めて太陽を見つめていた。
大丈夫お前はちゃんと頭が写っていたから明日がある。











よくみる撮り方に挑戦
後ろのお父さんのミニベロにチャイルドシートすごい






たこあげ
ちょっとトリムしすぎたか





そして最後に富士山!

でかい
やばい
ぞくっときた

空気が澄んでる正月限定かな








while(aho.atEndofStream)

笹部 政宏
笹部 政宏
mail




フリーソフツ
Category
はてブ
Monthly Archive
New Entry
New Comment
New Trackback
RSS
Copyright © Kittens flewby me All Rights Reserved.