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つらいことがあって沈んだ気持ちな時によくやること

古代ギリシャ人にとって時間は背中の後ろから前へと流れていくものという感覚だったらしい。過去は見ることができるけど、未来は見えないからだそうである。

インド人にとって時間は瞬間が永遠に繰り返されるものという感覚だったらしい。ヒンズー教の輪廻の思想の影響もあるだろうが、昨日と明日が同じ「カル」という単語だそうだから、生活感覚でもあるのだろう。

僕は単調なことをしているときによく「時間」を感じる。家までの帰り道で駅からてくてく歩いているとき、コーヒーのドリップカップからお湯が落ちるのを待っているとき、あるいはモニタに向かって、自分と直接関係のないことを確認するためだけにたくさんのメールを読み捨てているとき。とりわけ、気持ちが塞いでいるときに時間は長く感じて、ねっとりと自分にまとわりついてくるような感覚がする。

そういうときによく思い出すあることがある。ある人につらいことがあったのを知っていて、それは誰も助けてあげられない出来事で、たまたま同じようにその人が単調なことをしているとき、今すげーつらいだろうなってちらっと見たら、その人の口元はわずかに微笑んでいた、という光景だった。

ほんの数ミリの微妙な口角の話で、モナリザほどに微笑んでいたら違う印象を受けたと思うが、このときは違ってその人の強さやたくましさに衝撃を受けた。誰だったかももう覚えていないが、女性であることは間違いない。僕はうつむいて少し微笑む女性の姿が好きだから。

それを僕も真似するようになった。僕の口は放っておくと尖ってしまうので、唇は厚く、幅も小さい。いつのまにか力が入っているような感じだから、その力を緩めて口元を横に広げる。まれになんで笑ってるの?と聞かれてぎょっとすることもあるが、たいていは誰にも気づかれない程度だ。

そうすると、驚くことに、理由なんかないのに、その口元の筋肉の状態に影響されてなのか、沈み込んだ気分まで中和され、なんかやさしい気持ちになれてしまう。頭にこびりついて離れないはずの感情の状態が、あの一度衝撃を受けた光景を真似しようと思ってそうするだけで。




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シフトワイヤー受けの樹脂がもげたSTIレバー

BSMで初事故るの続き。

割れた樹脂を外してみた。このパーツはシフトワイヤーが通る回転部の円周をぐるっと囲むようになっていた。アウター受けの角度を固定しているので、これがグニャグニャだとシフトチェンジもグニャグニャ。修理を依頼してみて、だめなら新しくするしかない。しばらく自転車に乗れなくなってしまった。

1/27追記:修理に出してきた。
3/7追記:この樹脂パーツだけの取り寄せはできず、修理はユニット交換になるそう。
ユニット交換費用と新品の値段がほとんど変わらなかったので、新品取り寄せ。アイヤー








BSMで初事故る

BSMでタクシーと事故をやってしまった。
場所はちょうど講談社の目の前。
前方に停車していたごみ収集車が運転席側のドアを開け、そこを通過しようとしていたタクシーがセンターラインを割って通り抜けようとしたので僕もついていった。
しかし、ドアは無情にも開き続け、タクシーが急制動で止まって後ろから突っ込んだ。
僕の手はSTIのブラケットの握っていたのでフルブレーキとはいかなかった・・・



これはもう間に合わないと思った瞬間、女性や子どもを守ろうとしてのことだったら褒められるが、僕の場合、何を思ったか自転車を守ろうとしてタクシーのトランクにダイブした!

両手をばーんとつき、左モモも打ち身になったが、トランクに打ったあごにもたんこぶができた。
自転車は、右ハンドルのSTIレバーがタクシーのブレーキランプを突き破って半分ほどが割れて落ちた。
STIから伸びてるシフトワイヤーの付け根の部分の樹脂も割れて、ぐらぐらにもげた状態なってしまった。
しかし、ホイールはぶれもなくフロントフォークも無傷!
その場で警察を呼び、収集車の人とタクシーの運転手との4人で話し合った。
結果、この状況で急停車は理由になりませんという警察の人の判断で収集車と僕は開放となる。
数時間後にタクシー会社から電話がきて、病院に行くほどの怪我でもないなら、互いの物損はそれぞれの負担でどうですかという提案だったので、それでいいですということにした。さて、これどう治すか、新調したものか。




サクラエディタマクロ - カーソル位置の単語でgoogle検索

google検索は一瞬でやりたい。キーワードを念じただけで結果画面が表示されれば理想的。頭の中断は限りなくゼロに近づく。がさすがにそれは難しい。

サクラエディタを使っていてファンクションキーを1回押すくらいなら、脊髄反応で脳の邪魔をさせずにいけそうだ。調べたい単語を範囲選択する操作も頭が中断するからいらなくした。

 コードまで1行にするのは気分の問題だけど、セミコロンなし。
new ActiveXObject("Shell.Application").ShellExecute(
"http://www.google.co.jp/search?ie=Shift_JIS&hl=ja&lr=&num=50&q="+
(IsTextSelected ? GetSelectedString() : (SelectWord(),GetSelectedString())))




リアのシューがタイヤに接触する

カンパ chorus リアブレーキ組付けの後、シューがタイヤをこすり始めてしまった。
シューがきっちりリムに当たっていなかったせいで、カセットがずれたのかもしれない。これは危険。

さらにブレーキアーチを削ってリーチを伸ばしたが、もうこの写真以上に削るのはいやだ。
しかしオフセットパーツ品には手を出さない。蛇の道は蛇道である。
そもそもリムに当たっているかいないかだったシューの無駄な部分を1mm削った。





エルサレムでのスピーチの様子は

その場にいた日本人の方が見たの様子のエントリ。
漂流博士 村上春樹!
漂流博士 村上春樹!その2
歓迎レセプションで会話もされたそうな。氏が壇上に上がると空気ががらっと変わって張りつめたという様子など、当地でも単なる有名作家ではないという感じがした。

公開された全文もあらためて読むと、それは全くハルキ節などではなく、口頭で話すことを前提に綴られた知性を感じるもので、むしろ饒舌さすら感じた。

適当な箇所を選んでみて、彼がそれを日本語で日本人の聴衆を前にスピーチしている様子をイメージしようとしてみたが無理だった。仮に彼のメンタリティを別として、ありえないだろうが、同じような姿勢で壇上にのぞまれたとして考えても、あの内容で場が同じように成立する様子が想像できない。書かれた文章ならこんなに多くの人から好かれている、彼の母国なのに。真実を話そうといって、日本のことをネガティブに踏まえながらで。何が間違っているのだろう。壁はガザではなく日本にもある。紙に書かれた文章が意思伝達の手段なんて、刑務所の面会室以下かもしれない。そんな我々同国人が卵だ壁だと。なんか切ない。



村上春樹さんのイスラエル講演をハルキ風に和訳してみた

壁と卵 - 池田信夫 blogで英語のスピーチの抄録が紹介されていたので、ちょっとハルキ風に和訳してみた。



僕は小説家として - あるいは嘘の紡ぎ屋として、エルサレムにやって来た。政治家や外交官も嘘をつくけれど(すみません大統領)、小説家のそれは違う。

小説家の嘘は告訴されないし、またその嘘は大きければ大きいほど、賞賛も大きくなる。彼らの嘘と小説家のそれとの違いは、それが真実を明らかにするところ - 全体の中から掴み取るのが難しい真実をフィクションの世界で紡ぎ出すところ、にある。だが、小説家はまず、自分たちの嘘を明らかにするところから始めなければならない。

今日は真実を話そう。そんな日は1年のうちほとんどないことだけれど。
この賞を受けるのかどうか、僕はガザでの戦闘のことで忠告を受けた。それで自分にこう問うた:イスラエルを訪れるのは適切なことか?それは一方の立場を支持することにはならないか?

僕はいくらか考え、来ることに決心した。僕も多くの小説家と同じように、人に言われたこととは反対に行動しやすい。自分の目で見て、手に触れたものしか信じないような小説家にとって、沈黙するよりは来てみること、来て話すことのほうが自然なことなのだ。そして僕は、立ちはだかる壁とそれにぶつかって割れる卵となら、その壁がどれほど正当でまた卵がどんなに誤っていようとも、卵の側に立つ。

僕たちはみな、割れやすい殻の中にかけがえのない魂を持ち、それぞれに高い壁に立ち向かっている卵なのだ。その壁とは、人としてそぐわないはずのことに人々を強制させる「システム」のことである。
僕が小説を書いている唯一の理由は、人が持つ最も尊い神性を描き出すことにある。僕たちを巻き込む「システム」に対して、その神性のかけがえのなさで満たすことだ。- そのために僕は人生を書き、愛を書き、人々に笑いと涙を差し出す。

誰もが立ちはだかる壁に対し望みを持てない:それは高すぎて、暗すぎて、冷たすぎる、僕たちはそんな割れやすい卵なのだ。だから暖かみや強さを得るために、心を繋ぎあわせなければならない。僕たちは自分たちの「システム」にコントロールされてはならない。それを作り出したのは僕達自身に他ならないのだから。

僕の本を読んでくれたイスラエルのみなさんに感謝しています。この場が何かの意義をもつことができればと思う。僕がここにいる理由とともに。



書いててジーンときた。




3/10追記:文春4月号に村上春樹さんのインタビュー記事が掲載された。

 ネット上では、僕が英語でおこなったスピーチを、いろんな人が自分なりの日本語に訳してくれたようです。翻訳という作業を通じて、みんなが僕の伝えたかったことを引き取って考えてくれたのは、嬉しいことでした。

という箇所があった。朝電車で読んでやばかった。帰って「石鹸」について書いた。





LX3にLC-1 RICOHレンズキャップをつける

RICOH 自動開閉式レンズキャップ LC-1
これ。ビックカメラでは1500円。

東急ハンズにも寄ってケラレ対策品も。結局使ったのは真ん中のやつだけ。


本体側ねじ部の径に合わせ、写真程度に彫刻刀かナイフでねじを切るように尖らせて削る。
といってもスクリューのようには削れない。
カバー本体の湾曲を利用してバチバチっとはめて付けることになるが、
カメラ本体側の樹脂ねじのダメージは抑えられる。
撮影のために2,3度つけ外した後も元のやつは使えたのよかった。


ケラレ対策のリングは両面テープで本体に接着。


できた。このゴムリングはレンズカバーの三角板が衝撃を受けた時の支えにもなるので、ぜひ。





「NULL」と「0」と「'\0'」と「""」

スーツをクリーニングに出そうとして、昨日ABUSを駐輪場に置き忘れてきたことに気づいて取りに行く。ついでに足を伸ばす。


暖を運んだ昨晩の強風、
梅の花びらももうくたびれ気味かな。













葉っぱのコロニーの数、
この木何の木ビッグカンパニーの木。











フロントブレーキはますます当たりがついて、
ぎゅいーっと効くようになった。このシューで十分。















(シューカセットの向き前後逆)→




リアはやっぱりそれなり。
高速から両手でブレーキングするときは、左右の握力を気にしなくていいので操作はしやすい。








日比谷公園でルーパ・ロマーナを見つけた。昭和13年、イタリア大使館から送られたもの。
ローマの地に町を作った集団のリーダーだったとされる二人は、生まれてすぐテベレ川に捨てられて狼に拾われ、狼の乳を飲んで育ったという伝承がある。
これは、ローマが誰かの家系や財産を引き継いで始まったのではなく、ゼロの起源からのものだったことを表している。

後ろ盾となるものを何も持たない彼らは、エトルリアなどの隣接するより強大な街を吸収するのではなく、同化してしまうことで大きくなっていった。昨日剣で突き合った敵が今日はおらが村のお隣さんになっているという具合で、それが発展した共和制はギリシャの非市民を締め出した直接民主制とも異なり、これによってこそローマ文明の繁栄がもたらされたのだ。というのは塩野七生さんの受け売り。
ゼロから何かを生み出すのは歴史や伝統に胸を張るよりも格好いいことであり、一見野蛮に見えるこの像は、逆にそれだけローマ人の誇りを示しているというわけである。
たとえば、主婦が買い物に使う自転車にエンジンをつけて始まったというホンダスピリットが、ハイブリッド車のインサイトにあの値段をつけさせたのであり、それはホンダの中の人の誇りの表れでもあるのだろう。
これに対するトヨタのプリウスは、プライドだけでは商売はできにゃあと、新型は発売するけど旧型もプライスダウンで販売し続るという戦略で、ホンダの副社長?だかの人は「理解できない」といったとか何とか。このガチンコ勝負もまたおもしろい。


char16.png



『危険なプログラムの処方箋』より。
aのサイズは16byteだが、
関数への引数として渡されると、
romanaの引数にchar i[16]と書いているにもかかわらず、そのiのサイズは4byte。

Cは実効速度を優先するので、配列の引数はコンパイラが勝手にポインタとして処理しますという説明以外に納得できる理由があるなら知りたい。
ないなら、C言語コーランの教えがそうなっているので信じますとしか言えん。






あとこれ
char gStr[128];

void f1(){ strcpy(gStr, NULL); }
void f2(){ strcpy(gStr, 0 ); }
void f3(){ strcpy(gStr, '\0'); }
void f4(){ strcpy(gStr, "" ); }
コンパイラが唯一通すf4()だけ、0番地のNULL領域を使用せず、gStrに'\0'がセットされるというわけらしい。別の本では、128byteの残りの領域も'\0'埋めされるともある。

p90の説明を引用しておくと、
簡単にいえば
「NULLは無効なポインタ」
「数値のゼロは単なるゼロ」
「'\0'は文字列の文末コード(数値だと単なるゼロ)」
「""は空っぽな文字列」
という解釈になるでしょう。実際に機械語に落とされた結果を眺めると一発で分かるのですが、NULLにしても0にしても'\0'にしても「ゼロという値」がstrcpy関数の2つめの引数にセットされます。
JavaScriptのnullとundefinedと0は迷わなくなったけど、これは意味分かりません。これもコーランの教えでつか。




C言語診断本

関数を丸ごと(囲って)();呼び出して初期化に使うとか、数年前までネット上のサンプルでも見られなかったJavaScriptの書き方がC言語では当たり前に使われていて、歴史の勉強みたいで結構面白い。

Folderオブジェクトの中のファイルに対してfor文で回したいとか、WScript.Networkでドライブのコレクションをforで回したいとか、そういうときはオブジェクトをわざわざEnumで列挙しないといけなかったのが、C言語の構造体でシンプルなenumがあるのを見て歴史を感じた。

あと、型キャストでビットが削れて元の状態が想像もできない値が出力されたりとか、文字列型は存在しなくてつまりcharの配列だからその参照渡しならぬポインタをそのまたポインタしてポインタのポインタのえとえと***とかなると、頭で数字をこねくり回して記述する面倒がいかにスクリプト言語でマスクされているのかに驚く。

変数の定義はJavaScriptならどこでもできるけど、Cでは{}で囲むブロックの先頭でしかできないというのは「おーっ」って思ったり。

でも、ここでわざわざmemset()してるのは何のためなんだ?とか、数行でできるような文字列をsubstringする関数すら標準でないのはなんで?っていう、C言語なるもの自体に対する疑問のような質問を人にぶつけると、それは構造体で定義しといてやったほうが速いものだから云々とサンプルを見せて説明してくれて、もう今日は「アッー!」ってなった。

C言語はどういう風に書かれるのが常識的で、どう書くのがセキュアだっていうポイントはネットを漁ってもあまり見えてこない。記法が似ているだけに、シンプルなサンプルはすぐ理解できた気になってしまってよくない。だめな書き方で、こうなってしまうからいけない、こう書くのが流儀なのだっていうのを知らなければならないと、今日も帰りにジュンク堂へ寄った。Cプログラミング診断室―さらに美しく健康的なプログラムのためにすべてのプログラマに効く 危険なプログラムの処法箋



モルトン博士の講義


言葉カミカミで絶えず体を動かして説明しようとすること80分間。博士元気。
Fモールトンの話が出てくるのは55:00あたりから。
スクリーンの画像を切り替えるたびに両手で机のマウスをクリックしているのがキュートだ。

17:30あたり、自分も含め60年代の乗り物産業は最高だったというのが印象的。
現代はもう電気自動車に移っているが、鉄と木とガラスとゴムというマテリアルでガソリンを燃やして走る自動車という意味で、当時の英車は最高だったのではないだろうか。ジャガー、MG、ロールスロイス、ヒーレー・・・ メーカー名をあげればきりがない。

丸いヘッドライトのボディへの埋め込み方、ボンネットやトランクの曲面といったデザインは全体としてバランスを保ちつつもセクシーで、レザーの匂いと木のパネルやハンドルでしつらえられた室内は、人の居心地が安全やコストよりも優先されている。また野太い排気音は決して音量は大きくないが、あたかも野生動物の咆哮のような音色で、心を昂ぶらせてくる。

込んでる駅の構内なんかを歩いていると思うが、人はごみごみしているから競争心を駆り立てられる。それは道路も同じだ。
もし人類の規模が石油燃料を使い果たすほどでなく、大気汚染の心配もしなくていいくらいだったら、あるいは、
もし競争心を煽られないくらい人口密度が低くて、車にも殺人兵器のような性能や極端な安全性が求められていなかったらと、そう思わせてしまう何かが当時のイギリスの車のデザインにある気がする。




ヅラトラックチェーンリングとアンクリング


写真は左からスギノSS110JS、TAアリゼ、MICHE、TIOGAスタンダードピッチ。

朝、身支度を済ませてさあ行くかと自転車に手をやる。
玄関のドアまでステムを握っていく数歩。ちっぽけだけど毎朝の偉大な進軍だ。

スギノXD2クランクと比べれば、MICHEのクランクは左右ペダルの幅が狭く、人馬一体感は増し増した。
ヅラのトラック用チェーンリング、シマノはデュラエースのブランドを賭けて競輪で勝つために執念を燃やしたという話もどこかのサイトで見たが、そういう逸話もまたこりゃええわ感に拍車をかける。文字通り自分で自分に。軽く滑らかに回るのは気持ちいいし、細部の仕上げは油断も隙もない徹底ぶりだし、チェーンが落ちる気配もまったくなし。

めっきり風が冷たい季節のせいか、前傾姿勢が強くなり、サドルは目いっぱい上がった。ハンドルも目いっぱいさがった。

ペダルに一番力を込められるのは、理論的にも感覚的にも足首がおよそ90度の状態である。
したがって、ペダルが下死点にあるときに足首が90度でひざが伸びきらない状態になるサドル高というのは、心理的な安心感というものがある。

しかし実際のところ、下死点でペダルに駆動力を伝えるということはほとんどない。
むしろ、時計でいう20時くらいまでの位置では、足首を開いてモモの筋力で足を上げるのと、すねの筋肉で足首を90度に戻すこととの両方を駆動力に使うほうが効率的であり、この場合、下死点で足首は90度より開いている位置の方がそのまま引き足の動作に移れるため、効率的なはずである。

これを意識してサドルの高さを調節すると、僕の場合、ロードバイクと違ってサドル位置を前にして回すのが好きなせいもあるが、足首を90度にするとひざが伸び切り、開くとひざ裏のスジも楽になるくらいになる。ちょうど、信号待ちで立っていた状態から右足を下死点のペダルにのせ、尻をぷりっと出してハンドルを前に押すとサドルが股を撫でる様にスポッと入ってくるような具合だ。

たまにサドルが高すぎて、後ろから見ているとお尻が左右に動いている人がいるが、下死点で足首が90度より少し開いているイメージでペダリングすればそんなことはない。足を引き上げる力は踏むときと同じく、ひざが伸びているほうが効率的なのだから、下死点ですでに足首が少し開いているくらいが、僕はいいと思う。足首を動かして漕ぐのをアンクリングというそうだが、巡航時に一番楽にスピードを保っているのは僕の場合、こんな感じだ。




うますぐる金柑ジャム










柑橘系は全般が好きで、皮も食べる金柑はとくに好きだ。
金柑ジャムをいただいた。
いただいたというか、僕から厚かましくお願いした。

そしたらこんなに本当に送ってくれた。
荷物を受け取ったらすぐスーパーに行き、サラダとシーチキンとフランスパンを買って帰った。
たっぷりとジャムを乗せ、LX3でパシャリ。そしてがぶり。
鼻歌が出ました。ありがとう。



MICHE PRIMATOクランク、BBチェック

イタリアのPISTA自転車屋では写真のように気取って売られているらしい、MICHEのクランク。(Wiggleはプチプチ袋に突っ込んで送ってきた)

BBは四角軸で、トラック向けのシングルギアでデザインもオーソドックス。特徴となる黒いチェーンリングも50TまででBSMには小さい。

メリットは、シングル用なのでチェーンリングがフレームに寄り、チェーンラインも合わせ易いところ。カーボンでなくて金属色なところ。




バラし方はここなどを参考にすれば、とくに難しい点はなかった。

中をのぞけば、ごみもなくきれい。



以前からチリチリ音がしていたBB、BB-LP28と判明した。これはシマノのALIVIOシリーズに付いたりしているのもののようで、たぶん1000円もしない。手で回すと明らかに抵抗があり、一回転のうちで重くなったり軽くなったりした。もうだめだ。
せっかくだからBBも新しくして乗りたいところだが、新しいシングルクランクでのチェーンラインをあわせるのに、BB軸長が何mmがよいのか、付けてみないと分からないので一旦このまま使う。


チェーンリングはシマノのヅラエース、ピスト用55Tに。PCD144mmで、歯が54T以上で、できれば薄歯でってなると、選択肢はこれくらいで、あとは特注とか。
イタリアンなクランクにシマノのチェーンリングって、車だったらアルファロメオにスカイラインのホイールを履かせているような感じだ。



BBが軸長110mmのままで付けてみる。左の画像がトップで右がロー
ローは使用頻度が低いので、意外にも110mmのままでよさげだ。



パーツ的にはトラック競技用で戦闘的なはずだけど、見た目はなんだかセレブ。

ブレーキもカンパコーラスでなんかもう、英日仏伊ごちゃまぜの成金BSモールトンだ!







Teratermマクロの引用符を入れ子する、について

追記:下のように考えなくても引用符はASCIIコードでリテラルの引用符と重複しませんでした。
"なら#34、'なら#39です。マクロ文はTTLマクロメーカーで確認できます。


ベクターから毎月メールでダウンロード数が送られてくるが、先月はttlerが50くらいあった。
いろんな環境でテストもしていないオモチャなので、そもそも動作しないという人の方が多い気もする。当初から気になっていた点には手をいれてみた。バージョンは0.2。

たとえばttlのsendlnコマンドなどに文字列を渡す場合、引用符で囲む。
しかし、その文字列内に同じ引用符を含む場合、そこで引用符の挟みが終了してしまい、残りの文字列が処理できないとしてエラーになってしまう。
またUNIXシェルでは一般に" "なら変数を展開し、' 'ならしないといった違いがある。

通常なら' 'と" "とを使い分けて入れ子にしてこれを回避する。たとえば
cat "$BIN"/aho.txt
cat $BIN/aho.txt |awk '{print}'
 というコマンドを実行したい場合、このようにする。
sendln 'cat "$BIN"/aho.txt'
sendln "cat $BIN/aho.txt |awk '{print}'"

問題は、ttlerで自動作成する場合、どちらの引用符を使うかを行から判別しなければならないところ。
判別方法は、行の最初に見つかった引用符がどちらかで、それと違う引用符をつけるということにした。(これまではデータを変数にいれてRegExpで一括置換していたので、これに行ループを入れなければならなくなったので遅くなってしまった)

しかも、
cat "$BIN"/aho.txt |awk '{print}'
 などという行になると下のようになってもうだめぽ。
'cat "$BIN"/aho.txt |awk '{print}''
そもそもttlで実行できない書き方なので、限界といえば限界かもしれない。

ちなみにこういう場合は、一行目の改行文字をエスケープして2行に書き、
cat "$BIN"/aho.txt | \
awk '{print}'
とすれば大丈夫なはず。




while(aho.atEndofStream)

笹部 政宏
笹部 政宏
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