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『君のためなら千回でも』カーレド・ホッセイニ

君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫)君のためなら千回でも(下巻) (ハヤカワepi文庫)
11歳までアフガニスタンのカブールで生まれ育った作者のデビュー作。911事件後の2003年に刊行され、全世界で1000万部というから、おもしろくないわけがなかった。元題は「The Kite Runner」で、文庫版の邦題はやや釣り気味。

中身を強引にたとえるなら、ドラマ「北の国から」のアフガニスタン版といえるかもしれない。読者と同時代に生きる主人公が澄んだ目で自らを語りながらも、そのとおり生きれないナイーブな語り口の構図が似てはいる。
ただ舞台のスケールが違う。ソ連の侵攻、ムジャヒディン、タリバン、2001年のアメリカ空爆までで、さらに、今読めばオバマ大統領のアフガニスタン攻撃プランのことまで念頭にしてしまう。

アメリカが戦争をしかけるときのマスコミ報道をみていると、どうしても攻撃されている中東の方が親しみにくく感じてしまうが、たとえば「おしん」のようなドラマがどちらに受け入れられているかといえば断然中東の人々だ。日本人が大好きで捨てる気もないこうしたウェットなしがらみとからまる愛や友情、絆、裏切りといったテーマについては、日本人はアメリカ人よりも中東人に近い。

もちろん、作者も書いているようにアフガニスタン人は自分たちで自分たちの国を壊してしまうような民族になってしまってもいて、日本は島国であり、文明の十字路といわれるアフガニスタンのように他国にひっかきまわされることがないから、このあり様には一歩引いてしまう。

だがそれとて今の日本にとってひとごとではない。数十年という世代交代の単位でみれば、国というものが新陳代謝を忘れてパワーを失い、うらぶれた状態に落ちるには3,4世代ほどである。格差のせいで若者が家庭を持たなかったり、仕事に熱意を持てなかったり、時代にそぐわない会社役員のおそまつな舵取りだったり、あるいは社会の中で重要な職であるはずの教育者や記者や官僚のアホな事件。数十年前なら大騒ぎなりそうなことが、きりがないほどあふれている。

そうした出来事が積み重なっていき、人のメンタルが荒んでいった果てにはこういう状態が待ち受けているのだとおそれながら読むことが実際できてしまう。日本でタリバンやムジャヒディンのような集団が交代で街を壊して暴れ回るという想定はできないが、病原体が弱った体でこそ繁殖するように、その頃には、正義の代理人の顔をして儲けようとする武器商人と、正義の行使者の顔をして飛んでくるミサイルとが交代でやってきて、もう当人たちだけではどうしようもなくなってしまうのだ。

ドラマのおしんが向こう(といっても特にはイランだけどイランはシーア派ハザラ人が多くそれは登場人物ハッサンと同じだ)で大人気だったように、この本も日本人の機微に通じるウェットな文学テーマが満載。
オバマアメリカがまた砂漠のなんちゃら作戦とか言うのを聞く前に、この本で911以降のねじれた感覚をはっきり平衡状態に戻せるのはよい。
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笹部 政宏
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