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石鹸

文春四月号の記事を読んで。

ホロコーストで殺害されたユダヤ人は身に着けていた貴金属や金歯はむろん、はては脂肪が石鹸の原料に使われたというのは、本で読んで知ってはいた。

ホロコースト生き残りの人たちが一部で侮辱的に「石鹸」と呼ばれているとは知らなかった。それを今回の村上春樹さんのスピーチ、壁と卵とその「システム」の文脈で思い直してみて感じた。「石鹸」とはあんまりすぎる。あんまりである。

これまで、「自分がやったことは全部自分に返ってくる」と素朴に考えていたが、これは言い換えれば「人の不幸は人の不幸」ということでもある。

もし、自分の目の前で自分の知る人が石鹸にされてしまったら、僕はもうそんな風に考えて生きてはいけない。そしてもし、それが民族の規模で起きてしまったらどうなってしまうだろう。やはり政治はこれを引き取るのだろうか。国家がそんなことになれば、日本人ももう平和な民族ではなくなる。「石鹸」を引き取った政治が敷いた「システム」の中で、僕も「システム」という自覚抜きにコントロールされているかもしれない。

壁と卵の間には、そんな白か黒かでは割り切れないものがある。だからこそ村上春樹さんは無条件に卵の側に立つと、余白を残さない表現で明言されるのかもしれない。

「日本の戦後の経済成長の下敷きは戦争で生き残った世代の人たちが築いた。戦後の人間はそれを自覚してようとなかろうと、その上に乗っかってきたんだ。これは町工場から大企業までどこでもそうだった」という話をどこかで読んだ覚えがある。

戦争で仲間が死んでいくのを見て生き残った人が残りの人生を、どうして白か黒かで割り切って生きていくことができよう。自分から泥をかぶらずして、どうして毎日飯を食べて毎朝起きれようか(そういう人たちが築いた基盤の上で、白だ黒だと大声で叫ぶ学生運動って、どれだけ茶番なんだよと)。自ら泥をかぶる人間が戦後の日本の基礎を作ったのだから、この百年に一度などといわれる機会に団塊ジュニア世代もそういう日本を残したいとちっぽけながら思った。

3/20追記
株式日記と経済展望のエントリ
イスラエルのホロコースト記念館の教授によると、「ナチスが人間の脂肪から石鹸を作ったことはなかった」
のだそうだ。
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笹部 政宏
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